千葉県南房総館山市にある曹洞宗のお寺です。水子供養・永代供養・ご祈祷などのお申し込みは当山まで。坐禅体験もあり。

曹洞宗 正木山西光寺

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駆け込み寺

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平成28年12月25日 男性からのご相談

42歳都内に勤める会社員です。
40も過ぎてとてもお恥ずかしい話ですが、ここでアドバイスやお叱りをいただけたらと思い相談させていただきます。

10年程経ちますが両親を相次いで亡くし天涯孤独となってしまいました。
20代後半に母が癌にかかり入院、それから父が脳梗塞で入院、休みの日は看病やら身の回りの世話などする日々、二人が退院してきたら家族の時間を大事にしてきました。

しかし数年後母が亡くなり翌年父が亡くなりました。
元々兄弟はいなく、親戚とも年賀状くらいの付き合いでしたので頼りになる親族はいなくなりました。
住まいは持ち家なのでまず心配はないのですが、この先結婚も出来るあてもなく親族がいない不自由さを日々感じています。
身元を保証する者、緊急連絡先になる者、当たり前のような事が出来ない事がとても辛く感じてしまい毎日不安と闇を抱えたような生活になってしまいました。
今の仕事を失ったら身寄りのない者を採用する所も無いのではないか。
仮に入院するような事があっても保証人もいない。

なぜ10年も経った今かというと、今までも悩んでいましたが外に目を向ける気力がなかったのかどこに言ったらいいのかずっとわからずじまいで来てしまいました。
世の中こういう人も沢山いると思います。
甘えたことを言ってると思います。
面倒な中年の戯言ですが、西光寺さまの視点から見ていただいて渇を入れていただきたいと思います。

お忙しいと思いますがよろしくお願い致します。

西光寺住職です

返信大変遅くなってすみませんでした。
多分男性の方だと思いますが、「天涯孤独」の寂しさはわかります。
それにしても、御両親の御他界早すぎましたね。
御両親もあなたのことをさぞ気にかけ心配されての御他界だったと推測致します。

あなたは「40歳も過ぎて」といいますが、69歳の私から言わせていただければ、人生まさに半ばと言っていいのです。
あと40年の人生が残っていると考えると、それをプラスに捉えるか、不安に追われるかでは、人生の意味が全く違ってしまいます。
ご自身おしゃっているように、世間には孤独の人はいくらでもいるのです。

下を見たらきりがないとはいいません。今の現実を肯定的に捉えて是非前向きになってください。

私は、ホームレスでありながら一生懸命生きている人を心から尊敬しています。
これはきれいごとで言っているのではありません。
お金も家も仕事も家族もなく、結果ホームレスになってしまったのです。
誰も好きでホームレスになる人などいません。
一時は絶望の淵にいた筈です。でもそれを乗り越えたからこそ今を頑張って生きているのです。

しかし空き缶集めなどをしてまさにその日暮らしです。
健康保険もありません。病気になったらどうするのでしょう。
不安を気にしていればそのストレスに押しつぶされてしまうでしょう。
まさに格差社会の落とし子の極貧の象徴といった存在ですが、ほとんどドロボウなど悪いこともしないで必死に生きています。

そんな悲壮な人生を経験もしてもいない私には、いくら僧侶といってもお釈迦さまのような極貧の生活をしているわけでもなし、ホームレスで頑張っている人たちに何か言える資格も立場もないというのが私の自覚です。
正直自分自身だったらまったく自信がありません。
彼らこそまさに人生を「達観」しているとしか思えないのです。
だからこそわたしは彼らを尊敬しているのです。

お釈迦さまも「人生一切皆苦」と示されています。
今の人生が自分に与えられた人生だと達観することが大事なのです。
人生の価値は貧富ではありません。達観してえられる「安心(あんじん)」です。
私に言えるのはその位です。

合掌

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