遺教経 --その11--
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仏遺教経 - 十一 -
汝等比丘、当に自ら頭を摩づべし。
已に飾好を捨て壊色の衣を著し、応器を執持して乞を以って自活す。
自ら見るに是の如し。
若し憍慢起らば当に疾く之を滅すべし。
憍慢を増長するは、尚、世俗白衣の宜しき所に非ず。
何に況んや出家入道の人、解脱の為めの故に自ら其の身を降して而も乞を行ずるをや。
汝等比丘、諂曲の心は道と相違す。
是の故に宜しく応に其の心を質直にすべし。
当に知るべし、諂曲はただ欺おうを為すことを。
入道の人は則ち是の処りなし。
是の故に汝等宜しく端心にして質直を以って本となすべし。
ここで釈尊は、仏弟子に向かって先ず「自分の頭をなでてみなさい」と説いています。
そして、何のために頭をまるめ「坊主頭」になったのかを仏弟子に問いながら、見事に驕慢の戒めを述べられています。
髪の毛は大自然と両親から頂いた大切なもの、それを敢えて剃り落とす意味は何でしょうか。
拙僧自身若い頃には、何故坊さんは坊主頭でなければならないのか疑問に思った時もありましたし、時に人から「坊さんはなぜ坊主頭なんですか」と聞かれたりしました。
それに対して、「髪の毛は切っても切っても生えてくる、それはまさに人の煩悩の如くである。だから、その煩悩を自ら律する意味で頭を丸めているのです」と答えていました。
ある先輩僧のお話からの借用でしたが、遺経のこの一文を知って無学な自分を恥じました。
煩悩論説にも説得力もあり、間違いとまでは言えないかも知れませんが、本来は釈尊の「飾好を捨てよ」ということが論拠だったのです。
「飾好を捨てよ」とは、在家の人のような衣裳や髪飾りなどの装飾は一切捨てて、自分を飾ることはやめなさいという意味です。
現代でもファッション以上に薄毛で悩む人が多いといわれ、育毛剤とカツラの市場規模は4414億円にもなっているとか。
40歳でカツラを付け始めると生涯経費は2000万円にもなるとか。
確かにカツラや育毛剤などのコマーシャルはコマーシャル界を席巻している感があります。
拙僧などは、剃髪してから久しいので、それに慣れてしまって、今では髪が一センチでも伸びたらウザッタクていけません。剃髪後の爽快感はたまりません。
頭髪を剃り落とし頭を丸めた姿は出家の象徴です。
禅宗の坊さんの中にも稀に長髪の方がいますが、“プロ”としての自覚が欲しいものです。
飾好(しきこう)は頭髪、衣裳などだけではありません。
勿論個人差はありますが、自分を美しくカッコ良く見せたいという願望は誰にでもあるものです。
女性は化粧し、整形する人までいます。
財力のある人は、高級な衣裳を纏ったり宝石や高級車、さらには豪邸、クルーザーなどで自分をひけらかせます。
飾好は頭髪、衣裳などの目に見える装飾品だけに限りません。
あえて言えば、身分、地位、学歴も世を渡る上での飾好です。学歴や地位をひけらかすことで自分を偉ぶる人もいます。
学歴や地位、富などは人格の本質にはまったく関係ないものです。
そんな一切の飾好を捨て去った象徴が坊主頭であり壊色(えじき)の衣なのです。
修行僧は、ごみ溜めや墓場などに捨てられていたボロ切れを拾い集めて、よく洗い、それらを綴って衣にして身に纏ったのです。
だからその布を糞掃衣(ふんぞうえ)と言います。糞掃とは、ボロ切れ・捨てられた物という意味です。
古代インドの人の服装は、一般の在家人は、赤、青、紫、黄、白、黒などの衣類を身に着けていました。
これらの色を正色(しょうしょく)といいます。
それに対して出家者は、茶褐色、あるいは土色の目立たない色彩の衣を用います。
これらの色を間色(かんしょく)、あるいは壊色というのです。
捨てられ、土などの汚れで染まった布は、どんなに洗っても最後は茶褐色になります。
壊色とは文字通り「こわれた色」、色の抜けた色ということになります。
そんな茶褐色の布切れを綴り布にして衣にしたのです。
その色を象徴しているのが木欄の袈裟なのです。
僧侶はすべての装飾へのこだわりを捨て、黄土色のお袈裟を身に着けて、応器という食器を持って一軒一軒食べ物を頂いて暮らすのです。
「乞を以って自活す」とは、仏弟子は飲食財貨すべてを蓄積できないため乞食(こつじき)するのです。
すでに出家した以上食生活は托鉢で頂いたもの、頂けるものしか食べません。
当然食べ物は選べません。それが乞食です。
禅の修行者の持つ食器を応量器といいます。
お釈迦さまの時代鉄製の鉄鉢と木製の木鉢がありました。
その応器を持って托鉢し、施されたものはどんなものでもその器に受けていただきます。
煮炊きが必要な物は、そのまま鉄鉢を火にかけます。
鍋と御碗が一緒になった便利な器です。
“乞を以って自活する”以上出家の財産はまさに袈裟と応器(食器)だけです。
出家は社会の人々のお蔭で生きているのですから、乞食の身であることを忘れて、少しでも驕慢の心を起こしてはなりません。
社会の皆さんの布施のお蔭で生きて修行ができるという自覚があれば人様を蔑む心も起こらない筈です。
これらは出家に限らず在家の信者にも言えることです。
諂曲(てんごく)とはへつらい、おべっかのことです。
「諂曲の心は道と相違す」とは、そうした媚びへつらう気持ちを抱くことはまさに修行道に背くことであるという戒めのお言葉です。
諂曲の煩悩がひとたび起きると、その人は「修羅」に落ちるといいます。
人をたぶらかすには、まず自分をたぶらかさなければなりません。
どんな悪いことをしたとしても、自分をたぶらかしてしまうので反省も後悔の念も起こりません。
悪いことに慣れてしまうと自責の念も無くなり奈落(地獄)の底に落ちてしまうのです。
お釈迦さまは、そうした驕慢や諂曲に負けないためには、心を真っすぐ保ち、飾りのない本性を基本にしなさいと述べています。
生まれた時に持っていた真っすぐな心、それが仏心です。
仏心の別名をまた「柔軟心(にゅうなんしん)と呼びます。
それは、真理をあるがままに知るしなやかな心のことです。
自分の心を曲げて、わざわざおべっかやお世辞を言うことは、心のなかに良からぬ下心があるからです。
正直、実直でウソのない交わりでなければなりません。
しかし、相手への思い遣りの言葉は「愛語」になります。
「愛語というは、衆生を見るに、慈愛の心を発し、顧愛の言語を施すなり、慈念衆生猶如赤子の懐いを貯えて言語するは愛語なり」(修証義・道元禅師)
愛語はまさに言葉による布施です。おべっかなどとは違い慮る言葉は相手を救い信頼関係を築きます。
一方、おべっかどころか逆に最近の若者はろくに挨拶もできないなどともいわれます。
日本人は先ず挨拶でお互いに敬意を確認するのです。
日本文化にとって人間関係の基本はまず挨拶からです。
特に日本文化には「長幼の序」といって、年長者や先輩を敬うという道徳観念があります。
ですから、先輩や年輩者には先ず自分の方から挨拶をします。
ですから新入社員などは、先ず挨拶の仕方から徹底的に教育されます。
挨拶はお世辞でもおべっかでもなく、儀礼、応対のことばや動作であり、日本文化の基本なのです。
「挨拶」は禅宗の「一挨一拶」からきたことばです。
「挨」も「拶」も、「押す」、「開く」とか「迫る」という意味であり、禅僧が問答を交わして相手の悟りの力量を測るための「攻め込み」のことばが「挨拶」なのです。
因みにその場所が「玄関」です。
「玄」は、「奥の深い悟りの境地」という意味であり、「関」は、入口という意味です。
文字通り「玄妙な道に入る関門」が「玄関」なのです。
禅寺の出入口がそう呼ばれていたのを公家や武家が屋敷の出入口に取り入れたのです。
そして、江戸時代以後、身分制度が廃止されると、格式の高さを表すシンボルとして庶民の家にも「玄関」が登場し始めたのです。
玄関は単なる出入り口ではなかったのです。
玄関に入るとその家の匂いや様子が分ります。
家の顔だともいえる玄関です。気配りをしましょう。
「端心」とは、まっすぐな心です。率直な心で毎日を送りなさいとお釈迦さまは弟子たちにおっしゃっています。
「本と為すべし」とは、「本とせよ」との意味で、「旨とせよ」、「根本とせよ」ということです。
平素、多くの弟子たちの欠点をご覧になって、そのつど、静かに注意し、教えになっていたことが浮かんでまいります。
さて、遺教経はここで一段落となります。その結びの旨とすべきことは、「端心と質直」です。
両方とも「きれいな心」のことです。それがすなわち仏心(本心、真心)です。
それを表す姿が坐禅であり、坐禅が仏心の姿なのです。
次回から八大人覚へと進んでまいります。
合掌