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法話

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法話--平成28年1月--

テロリズムの正体とは -菩提心のすすめ-

新年おめでとうございます。先ずは本ページをご覧頂いている方々のこれからの一年がつつがない歳でありますことを心より祈念申し上げます。

新年をHappy New Year と言いますが、希望に胸を膨らませている人もいれば問題や心配を抱え不安いっぱいで新年を迎えた人もあまたいることでしょう。

たとえ今が順風満帆であったとしても明日のことは分からないのが人生です。
軽井沢のスキーツアーバス転落事故で15人もの尊い若者の命が奪われました。
将来を夢見ていた掛け替えのない人生を奪われたその無念さはとても計り知れません。

何の罪もない人の命が突如奪われることほどの理不尽はありません。
過失も自己責任もないそんな不条理の現実に直面したとき人はほんとうに苦悩します。
何でうちの家族が、何で大切なあの人が、何で…何で…
只々お悔やみと同情を禁じ得ません。

そんな突然の不幸は事故だけには限りません。
これからはテロに巻き込まれるという理不尽極まりないことも心配されるのです。
何の罪もない不特定の人を狙った無差別テロほど残虐で許されないものはありません。

悲しいかなとても人間の仕業とは思えません。それがテロです。
そんな尋常では到底理解できないISによるテロが今世界で頻発しています。
ISはさらにテロ活動を進めると言っています。
日本もその標的になっている以上、その心配は一層現実味を増しています。

どんな人にも人としての当たり前の良識も情もある筈だと思うと、何故ISのような集団が生まれてしまったのでしょうか。理解に苦しみます。
人の心を持った真っ当な人間にそんな極悪非道はできる筈はないと思うのですが。

彼らにもはや人の心は無いのでしょうか。
今回は、そんなISがなぜ生まれたのか、なぜ残虐なテロが行えるのか、そんな彼らへの対処はあるのか考えてみました。

人類は原始時代以来利権と覇権をめぐってサバイバルを繰り返してきました。
人類の歴史はまさに部族間、民族間そして国家間の戦いの歴史だったと言えるのです。
そんなあまたの歴史に学びながら人類はあらゆる民族、国家が共存共栄できる国際社会を目指してきました。

そんな人類が選んだ結論が民主主義と資本主義だったのです。
ところが、「自由」と「平等」という人類の至宝はいくら経っても一向に担保されません。
逆に個人から民族、国家単位に至るまで富と人権の格差は広がる一方です。

世界は産業革命以来アメリカを中心とした資本主義が世界を席巻してきました。
先進国はグローバル経済をリードするアメリカンスタンダードが当たり前でそれが世界の基準だと思ってやってきました。

アメリカを頂点にした金が金を生む金融資本主義が格差を一層広げていきました。
トリクルダウン(豊かな人々がもっと豊かになれば、やがてその豊かさが下にも落ちてきて貧しい人々も豊かになれるという議論)なんて大ウソでした。

同じ中東でありながら湾岸産油国の豊かな人達と貧しいイスラム社会との格差は極度のアイデンティティークライシスを生み、1700万人もの抑圧されたイスラムの人達が生まれました。
貧しいイスラム社会は混沌から秩序の崩壊へと向かったのです。
その結果が100万人の難民です。

世界の富の半分をたった1パーセントの人間が握っているとか。
世界人口の半数の人達が一日2ドル以下の生活費で命をつないでいるとか。
そんな不条理からの反発がグローバリスムの中で「混沌と秩序の崩壊」となって表れたとしても不思議ではありません。

世界の現実は理想とは真逆な方向に進み大きな矛盾と歪に陥ってしまったのです。
「勝ち組」には優越感が生まれ「負け組」を見下す奢りが生まれるものです。
そんな不条理の中で生まれてきたのがまさにISだったのです。
ISが何故生まれたかと言えば、「生まれるべくして生まれた」まさに因果というべきものかもしれません。

ISには世界各国からおよそ3万人もの志願兵がいるとか。
その彼らの多くが移民であり、貧困、差別、いじめ、そして疎外感と絶望感から極度のアイデンティティークライシスに陥り、ニヒリズム(虚無感)の中から彼らは唯一ISに「居場所」を見付けたのです。

「自分は意味のない存在」であったのが「ISで自分の存在の意義を知った」というのです。
彼らはもはやこの世に期待など持っていません。
持っているのは只一つ「この楽園とアラーの神のために死にたい」という願望だけです。
ISにとって自分たち以外はすべて敵なのです。

この世の不条理を怨み、アラーのご神託がジハードだと狂信している彼らにとって自爆テロなど怖くはありません。
そんな人がまだまだ世界中からISへ流れているのです。
いくら空爆したところでそんな彼らの勢いを止めることはできません。

ではこのような事態にどう対処したらよいのでしょうか。
テロとの戦い、テロに屈しない、といった言葉はよく聞きますが、しかし、これだけ広がってしまっては残念ながら有効な方策はまったく見えません。

いまにして思えば、かつてタリバンやアルカイダが標的であるとされ、オサマ・ビン・ラディンを捕らえればことが収まるように考えられた時期もありました。
あの時点ではテロとの戦いには圧倒的な支持があり日本も大変協力的でした。

しかし、ほんとうの敵の正体をつかんではいなかったのです。
敵は武力の前に屈するような代物ではなかったのです。
単にテロリストを追いかけるばかりで、テロリズムの本質に迫ろうとする努力に欠けていたのです。

ここにこそ今の混迷の源があったのです。
テロリストをいくらやっつけてもテロリズムが消滅するとはまったく思われません。
先ずはテロリズムのほんとうの正体を見定めていくしかないのです。

元米大統領ビル・クリトン氏は、「テロリズムを終息させるのは国家を超えた共通の人類意識であり、経済的に苦しむ国々に援助の手をさしのべない限り、米国は永遠にテロリズムと戦い続けることになる。

先進国の人は、グローバル経済やテクノロジーが当たり前だと浮かれているが、実際には世界の大半の人々にとってそのような恩恵は届いておらず、発展途上国では経済破綻や医療制度の不備が起き、人々は絶望の中で生きている。

世界人口の半数の人にとっては一日の生活費が2ドル未満しかなく、1億人の人がエイズウイルスに感染する恐怖に苦しんでいるというのが実際の状況であり、これがテロ組織を生む温床になっている。」と指摘しています。

クリントン氏は、テロリズム対策として、発展途上国再建プランが必要だとして、最貧国に対する債務免除、小規模ビジネス向けの資金援助、発展途上国での医療インフラの整備などを挙げています。

日本も他人事ではありません。
労働人口のおよそ4割が非正規労働者だといわれます。
格差の実態は確実に広がっています。
疎外感、絶望感からISに傾倒していく若者が日本でもこれから増えていくことが心配されるのです。

今こそ世界は真の「グローバリズム愛」を必要としています。
闘争に明け暮れお互いの存在を認めないユダヤ、キリスト教やイスラム教にはもはや期待できません。
一神教の彼らにとっての「愛」は「偏愛」だからです。

それに対して仏教の「慈悲」は、民族、宗教を超えた「普遍愛」なのです。
ですから特に多神教文化の日本こそ異宗教間の取持ちができるのです。
「おもい遣り」と「助け合い」の心無くして人類に未来はありません。

その「慈悲」が「グローバリズム愛」として世界に広がれば人類はまだ未来に希望が持てます。
その教えが「自未得度先度他の心」であり即ち「菩提心」(法話20年8月分参考)なのです。
日本仏教界が「菩提心」を宝の持ち腐れにしないことを只々願っています。

合掌

曹洞宗正木山西光寺