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法話

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法話--平成30年7月--

四諦 八正道 正思惟 その2 ―人災―

前回、仏像は真実の仏を認識させるための「手段」であると述べました。
繰り返しになりますが、仏という真理を悟った存在と仏像といったものは違うものであり、真理を具体的に示し、人びとの認識の対象とする手立てとして「方便形像」が生まれたのです。

仏像は方便法身のお姿であり、真理そのものではなく方便法身は真理の具体的顕現であり、この形を通して、真理そのもの(法身仏)に出会うのです。
仏像は、すなわち仏を顕した「方便仏」だったのです。

その真意を示した公案を紹介しましょう。
「真佛坐屋裏」(しんぶつおくりにざす)[碧巌録] 趙州、衆に示して云く、金仏炉を渡らず、木仏火を渡らず、泥仏水を渡らず。 此の三転語を挙示し了って、末後、却って云く、真佛屋裏に坐す。

仏像といえば、尊く、お堂の奥の仏壇に奉られ、拝まれる有難いものです。
金属でできていたり、木でできていたり、石や泥でできていたり様々です。
人々はみなそれらが仏様だとして拝んでいます。

しかし、真の仏さまは「金剛不壊」といって決して壊れたりしないものです。
ところが、金属の仏は炉に入れれば溶けてしまい、木造の仏は火に入れれば燃えてしまい、石や泥の仏は水に溶けたり落とせば壊れたりしてしまいます。

では本物の仏とは一体何なのかというのがこの公案です。
大衆に疑問を投げかけて、趙州(じょうしゅう)禅師自らが答えて示したのが、「真佛坐屋裏」です。

屋裏とは家の中という意味ではなく「わが身」「わが肉体のなか」という意味です。
生まれながらの我がこの肉体にこそ真佛が宿っているという意味です。
真佛は塑像ではないので、絶対に燃えない、溶けない、壊れない。

真佛は拝む対象としてあちら側にあるのではなく、この我が身の中にこそあるのであって、まさに「衆生本来仏なり」という、自己の仏性に目覚めさせるための公案です。

もう一つ、中国・唐の時代、慧林寺の丹霞天然禅師の焼仏の話が有名です。
冬厳しい寒波の中、丹霞は仏殿から仏像を持ち出してきて、それを燃やして暖をとろうとしていました。

住職はその暴挙を見て、なぜそんな無謀なことをするのかと詰りました。
丹霞は平気な顔で、燃え盛る仏像を探りながら、「舎利を探しているのだ」とこたえました。

舎利とは仏舎利のことでお釈迦さまの遺骨のことです。
住職は「木像に仏舎利があるわけがないじゃないか」とカンカンになって怒りました。
丹霞は「舎利のない仏像ならただの薪と同じではないか」と言って平然と暖をとったというのです。

真仏を求めず、ただ仏像という形に捉われていてはならないというまさに戒めの逸話といえるでしょう。
一切の固定観念をすて、思い込みや偏見による主観から脱却したところにいるのが真仏です。「脚下照顧」まさに「真佛屋裏に坐す」です。

さて、連日猛暑、酷暑が続いています。
「命に関わる危険な暑さ」とマスコミも一番に熱中症の注意を呼び掛けています。
24日ついに埼玉県熊谷市で41,1℃という国内観測史上最高を記録しました。

気象庁はこの猛暑を命の危険のある「災害」だと認識するとのコメントを出しました。
熱中症患者も続出ですが、この「災害」は対応次第で避けられるものです。
東京オリンピックまであと丁度2年だとしてマスコミはカウントダウンを始めましたが、問題はこの時期の暑さです。

明らかに熱波による「災害」の危険のなかで実施されるオリンピックはまったく馬鹿げています。
アホかと主催者側の良識を疑います。
米国のプロスポーツや欧州のサッカーなどと競合しIOCの収入が減るためとかいわれますが、4年に一度の世界一の平和の祭典であるオリンピックこそ最優先にすべきでしょう。

海外からも懸念と時期の見直し論のニュースが急増しています。
世界ナンバーワンの平和の祭典が失敗に終わらないためにも、今からでも遅くはありません。関係者の再考と勇気ある決断を願います。

さて、出来るだけ外出を控えたいこの暑さの中、去る22日拙僧が兼務するお寺の境内草刈り掃除が行われました。
三方山を受けている場所だけに範囲が広いのです。
毎年この時期お盆に向けての檀家さんによる恒例の奉仕作業ですが、今年も例年通り実施されました。

拙僧も一緒に作業しましたが、やはり暑さは半端ではありませんでした。
汗だくのまさにサウナ状態での作業はほんとうに大変でした。
それでも例年のように30名もの方々が参加して下さり、すっかりきれいになりました。
良いお盆が迎えられそうです。只々感謝です。

なんとか熱中症もなく無事に終わりホットしましたが、お寺の掃除行事等における怪我や事故等への対応の保険には入っていますが、これからは保険にも「熱中症対応」を加える必要があるかもしれません。

我々が子どものころといえば、夏どんなに暑くともせいぜい扇風機さえあればなんとか過ごせたものです。
熱中症という言葉もあまり聞かなかったような気がします。
昔は当然クーラーなんてありませんでした。
それがこの頃ではクーラーなしでは生きて行けない状況になってしまいました。

まさに温暖化による異常気象なのでしょう。
日本は東日本大震災から熊本大地震と今回の西日本豪雨大災害と想定外の天災に見舞われました。
観測予報の技術が進歩したとはいえ天災はまだまだ人智の及ばない非情で不条理な世界です。

しかし、異常気象に関しては、その原因が人間による環境破壊だとしたら、それは天災ではなくまさに「人災」というべきものでしょう。
人災だとしたら人智で防げるものです。
今それに対応しなければ人類に未来はありません。

環境異変は、特に貧困や飢餓に苦しむ地域に一層の被害をもたらすと考えられます。
温暖化により多くの国の重要なインフラや領土に及ぼす影響は、国家安全保障問題に発展する恐れもあり、紛争や内戦、戦争のリスクを増加させる可能性も高いのです。

地球規模で相次ぐ異変。環境に国境はありません。まさにボーダーレスです。
その環境に対する巨悪の第一人者と言えばアメリカのトランプ大統領でしょう。
パリ協定から離脱し地球温暖化を否定し、横車を押している暴君です。

まさに「正思惟」のない独善的な変人。
最近北朝鮮金委員長と波長が合ってきているようです。
そんな人間を大統領に選んだアメリカこそ災難です。
ロシアによる選挙介入があったにせよ、彼こそまさに「人災」の模範であり、その災難は世界に拡散しつつあります。

日本にとっても対岸の火事ではありません。日本にもリトルトランプがいます。
安倍さんの総裁三選が濃厚となりました。
日本も「人災」が“佳境”に向かっています。
現在それを防ぐ手立てはありません。
国民はあきらめるしかないのでしょうか。

しかし、立憲主義を危うくするような我利我利亡者に国を乗っ取られてもよいのでしょうか。
主権は国民にあるのですから国民は「正思惟」のある政治家を選ぶべきです。
国の政治責任は国民自身にあることを自覚すべきです。

合掌

曹洞宗正木山西光寺