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法話

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法話--平成28年7月--

不慳法財戒 -惜しむことなかれ(その3)-

前ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏は今年80歳になるという。
1935年、スペイン系の父とイタリア系の母の間に生まれ、その人生はまさに波乱万丈とも言えるものです。

7歳の時に父親が亡くなり、家庭は裕福ではありませんでした。
家畜の世話や花売りなどで家計を助けながら、社会運動に目覚め、極左武装組織に参加。独裁政権下でゲリラ活動に従事。

ゲリラ活動中には六発の銃弾を受け、四度の逮捕を経験。最後の逮捕では、1985年に釈放されるまで約13年間の過酷な獄中生活を送ったという。
ウルグアイの民主化とともに恩赦で釈放。
その後、左派政治団体を結成し、1994年に下院議員選挙で初当選。2010年、大統領に就任。

前回、ムヒカ氏が来日した際「日本人から学ぶべきことは多い」と言ったことを紹介しました。
また長年取材してきた記者が「彼のメッセージはもともと日本が持っていた哲学的な概念と通じています」と言ったことも紹介しました。
今回は、そんな氏の語った実に含蓄のあるお話をご紹介しましょう。

「読書を通じて日本の歴史を勉強するうちに、日本の開国にアメリカが大きな影響を及ぼしたということを知った。
鎖国をしていた江戸幕府をアメリカのペリーが開国させたことだ。
それから日本は西洋の影響を受け、一気に西洋化が進んだということも知った。

面白いと思ったのは、明治維新だよ。幕府の将軍や藩主たちも、西洋諸国と戦っても意味がない、開国をした方がいいという決定をしたね。
これこそが政治家の決断だ。それは非常に賢い選択だった。

その決断から半世紀の間に、日本は近代化を成し遂げた。
その変遷が大変興味深い。当時の政治家の意思決定は感心に値するよ。

来日前から日本人は非常に勤勉でよく働く人だと思っていた。
そして規律を大切にする国民だ。来日直後の記者会見に集まった記者たちを見ても、母国のジャーナリストと比較してそう感じた。

道行く人を見ても、警官の態度やドライバーの運転の仕方を見てもそう思う。
ゴミを捨てる人もいないし、日本社会は成熟しているし、社会で決めた規則はみんなが守る。
そういった意味で、世界の人々は、日本からいろいろ学ぶべき点が多い。

いまの日本は、技術大国という印象がある。
大国だからこそ、今後、先進技術が人々の生活にどのような影響を及ぼしていくのか、そこをじっくり考えて欲しい。

たとえばいま、ロボット工学は日進月歩の勢いだ。その技術が、いずれ大衆化して広まっていった時に、労働者の代わりをロボットがするようになる。ロボットが存在感を増していく時代に、いろんな変化が起こるだろう。

そして、日本も他の経済大国からどんどん追い立てられる。
コストを削減していくためにはさらに日本はロボットを使うしかなくなる。人の意志の問題ではなく経済がそうゆう状況を作ってしまった。

日本は一種のフロントランナーだ。
今後、先ほど述べたような技術革新が起きるし、時代の流れは止められない。
それをちゃんと直視して、自分の頭で考えることが重要だ。

私は日本の人にしてみたい質問がたくさんある。
人類はどこへ向かおうとしているのか。
世界の将来はどこへ向かっているのか。
日本で起こることは、その後、必ず世界で起こる。

だからこそ、日本に問いたい。
いま、どのような夢を見たいかを考えなければ、将来、私たち人類に明るい未来はやって来ないのではないかと。

私たちは非常に多くの矛盾をはらんだ時代に生きている。
こういう時代にあって、自らに問わねばならないのは、『私たちは幸せに生きているのか』ということだ。

経済の進歩は、一面では非常にすばらしい効果をもたらした。
150年前に比べれば、寿命は40年延びた。
その一方で、私たちは軍事費に毎分200万ドルを使っている。
また、人類の富の半分を100人ほどの裕福層が持っている。
私たちはこうした富の不均衡を生み出す社会をつくってしまった。

私は日本の皆さんに言いたい。
次の世代を担う若い人たちには、このような愚かな過ちを繰り返さないで欲しいと。
人生にとって、命ほど大切なものはない。
この星に生まれたすべての人の人生が大切なのだ。

世界について考える時も、人生についても、仕事について考える時も、どうすれば幸せになるかから考えなくてはいけない。

例えば、鳥の世界を考えてみて欲しい。
鳥は、毎朝起きるたびにさえずっている。
目が覚めたときに、喜びでさえずりだすような世界、喜びが湧きあがるような世界を若い人達に目指して欲しい。

誤解しないで欲しいのは、貧しく生きるべきだとか、修道士のような厳格な生活をしろと言っているわけではないということだ。
私が言いたいのは、富に執着するあまり絶望に駆られてしまうような生き方をして欲しくないということだ。

人生とは、些細なことでもそれが大切な意味をもつことがある。
例えば、愛情を育むこと、子供を育てること、友人をもつこと。
そうゆう本当に大切なことに、人生という限られた時間を使って欲しいと思う。

生きていること自体が、奇蹟なのだ。
この世界が天国になるのも地獄になるのも、私たち次第なのだ。
ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てば、この惑星はどうなるのでしょうか。息をするための酸素がどのくらい残るのでしょうか。

西洋の富裕社会が持つ傲慢な消費を、世界の70億~80億の人ができると思いますか。
そんな原料がこの地球にあるのでしょうか。可能ですか。
なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか。
つまり私たちが、間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作ってきたのです。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか。
グロ―バリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか。
このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で、『みんなで世界を良くしていこう』といった共存共栄な議論はできるのでしょうか。

どこまでが仲間で、どこからがライバルなのですか。
我々の前に立つ巨大な危機問題は、環境危機ではありません。
政治的な危機問題なのです。
現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。

私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。
幸せになるためにこの地球にやってきたのです。
人生は短いし、すぐ目の前を通り過ぎてしまいます。
命より高価なものは存在しません。」

なぜ多くの日本人がムヒカ氏の言葉に惹き付けられるのかという質問に対して、氏は照れくさそうな顔をして肩をすくめ、感想をのべました。

「私の考え方は、日本の昔から引き継がれてきた文化の根底と、通じるものがあるのかもしれない。だからこそ、日本人に訴えるのではないだろうか。
しかし、その日本の良い文化というのが、西洋化された消費文化によって埋没されてしまって、今は見えなくなってしまった。

経済を成長させていくことに躍起になり、かつての良さを見失っているようにも見える。
そもそも日本人の心の底に流れているものがあり、私のメッセージが偶然、かつての良さを取り戻したいと考える日本の心情に響いているのかもしれない。

私が目指した世界は、ネクタイを強制されない世界です。したい人はすればよいし、したくない人はしなくてよい。
質素な暮らしをすることで、本当に自分がしたいことをする時間が増える。これこそ、自由だ。」

リオ会議の演説は、子供向けの絵本「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」として2014年に出版され日本でベストセラーになりました。 さらに、ムヒカ氏は13、14年とノーベル平和賞候補となりました。

合掌

曹洞宗正木山西光寺